らだラボとは? 私の紆余曲折から生み出した副業ノウハウをお伝えするブログです!

ここでは、らだラボがこのサイトを作るに至った経緯と、これまでの取り組みを紹介したいと思います。

ちなみに、「らだラボ」とは、「らだのやっている研究所」的な意味です(笑

 

多くの人は、副業で稼げていない

多くの人は、副業で稼げていない

世の中には、数多くの副業の情報があふれています。そして、実際に取り組んでいる人もいます。
私もこれまで、さまざまなことをやってきました。これまでの経緯については後で書くので、詳細はそちらを見ていただければと思うのですが、ライターをやりたくて会社を辞めたものの、日々の生活費を稼ぐのに必死だった時期があります。しかも、何度もです。それを救ってくれたのが、WEB副業です。

そんな中で、いろいろなことに手をつけたのですが、副業解禁と言われる今、周りの状況を見ていると、稼げている人はごくわずか。そういた人に、現状を突破できる方法をお伝えできればなと思っています。

 

最初から特定の方法に絞り込まないのが正攻法

最初から特定の方法に絞り込まないのが正攻法

では、なぜ稼げないのでしょう?

その理由は、「自分に合っているかどうかも分からない一つの副業に、いきなり集中しすぎているから」かもしれません。

わかりやすい例を紹介しましょう。

例えば、アフィリエイトとアドセンスは併用できます。そしてもちろん、併用したほうが圧倒的に稼げるわけです。
ところが、アフィリエイトの情報を見て、「とりあえずやってみよう」と始めてしまう人がいます。そして、文章の書き方もいまいち上手くならず、色々調べていくうちに、「アドセンスと併用ができる」ということを知り、そこから申請をする。

しかし、申請は通らず、「アフィリエイトも、アドセンスも私には無理」という結果に至ってしまいます。そうして、挫折する人が多くいます。

これは、「アフェリエイトなら簡単に稼げる」とか、「半年で7桁稼いだ」とか、(本当かどうかわからないことを)簡単に言っている人が多いのがくいるのが問題ですが、とにかく、そんなに簡単にいくものではありません。仮に本当にいたとしても、もともと持っているスキルが違うので、他の誰もが同じ再現性を持っているはずはありません。

しかし、ステップさえちゃんと踏めば、むやみに諦める必要はないわけで、「やる気があるのにうまくいかない」という人には、これまでの私の経験が生きるのではないか?と思ったわけです。 

どうやるかというのは細かく記事にしていきますが、とにもかくにも、私が言いたいのは、最初から一つに絞ってやるのはもったいないということ。既に始めた人ならわかると思いますが、決して稼ぐのは楽ではないからこそ、複合的にやっていくこと。これがとても大事だと思います。

 

私は何足ものわらじをはく復業家です!

何足ものわらじを履く復業家です

私自身は、副業・・・ではなく、復業家です。
ライターを20年。ディレクターを18年。この二つをメインワークにしながら、主人と飲食店経営を14年やっています。その前には、一部上場企業に10年勤めていました(今、アラフィフです)。

会社を辞めてからは、いろいろな時期がありました。ライターになった頃は、まだ Web を持っていない会社がほとんどと言う時代。

そんな中だったので、私のライターとしての仕事は雑誌が主。 Webはほとんどありませんでした。その後、起業家向けの月刊誌の編集長をやらせていただく機会に恵まれたのですが、雑誌不況とともに経営者が妙な方向に進み出してしまい、私は逃げるように編集長の座を降りたのが平成15年ぐらい(だったかな?)。

その後、コピーライターを経験しながら、徐々に増えだしたWEBの仕事を担当。印刷物が4割、ウェブが6割ぐらいの印象でした。そして今、 Web の仕事は9割になっています。この間、ライティングテクニックは大きく変わりましたが、フリーランスとして生き抜くために必要なマインドはほとんど変わっていないと感じています。

 

現状は悲惨。それを脱出するための Web 副業だった 

現状は悲惨。それを脱出するための Web 副業だった 

さてこう書くと、ライターやディレクションの仕事が順風満帆だったように感じる方もいるかもしれませんが、フリーランスも自営業も根なし草のような存在です。仕事がある時期とない時期が入り乱れています。綱渡りの生活に加え、日本が襲われた長年の不況で飲食店も振るわず、「少しでも安定した収入につながるのでは?」と、時給で雇われたこともあります。

結局、ライターと飲食店だけをやっていくのでは生きていけない!とWebを使った副業を取り入れるようになりました。

最初に始めたのはアフィリエイト

アフィリエイトに関しては、17~18年くらい前からやっています。最初はノウハウはなかったこともあり、まずはアフィリエイターの作るサイトのライティングのお手伝いからスタート。当時はアフィリエイトを取り上げる雑誌がチラホラというタイミングで、今とはかなり違う手法でもかなり儲かった時代でした。

その後、私もかなりダサいページを作ったものの、結構売れたんですよね。もちろん片手間でやっていたのですが、毎月15万円から20万円ぐらいはカンタンに稼げ、多いときでは100万円を超えることも珍しくありませんでした。けれど、ある日、このジャンルの「広告はやめます!」とグーグルのお告げがあり、奈落の底に。Googleの無情を知りましたが、その後もずっと続けています。

どうにも儲からなかったドロップシッピング

アフィリエイトが奈落の底に落ちたとき、次に来るかな?と注目したのがドロップシッピングでした。私も某有名サイトでやりましたが、どうにも力が入らないまま、ほとんど儲けることができずに挫折してしまいました。通算1年半ぐらいやったと思うのですが、儲けとしてはおそらく、トータルで10万円ぐらい。本当に、どうしてもやる気が出せない方法でした。もちろん、人によりますよ(笑

 存在が衝撃的だったAdSense の波にも乗ってみた

そして次に AdSense の時代が来ます。私にとってアドセンスは、「お金儲けのために書かなくてもお小遣いが稼げるようになった」と衝撃を受けました。

とはいえ、ライターやディレクションの仕事が増え、手が回らなかいタイミングだったため、独自で仕事のやり方を編み出します。それは、サイトリニューアルをディレクターとして無料でする代わりに、アドセンス収入をレベニューシェアでいただくというスタイル。これだとノウハウが身につき、収入も得られるんですよね。合計で10サイトほどやらせていただき、「2年間、利益を折半」を基本条件に契約を結んでいました。これは最初に一か月ぐらい仕事があるものの、その後はいわゆる不労所得で、最高で月50万ほどの収入につながりました。

その他にもいろいろやっています。転売を月5万円を目標に細々とやっていたり(やり過ぎないのがコツだと信じています)。

私にとって復業は、好きな仕事をし続けるための生きる手段から、それ自体が生きがいに変化してきました。

私の大きな転機。脳出血。そして復活

私の大きな転機。脳出血。そして復活

さて、そんな順風満帆な生活が続くのかに見えた私の人生ですが、実は、2019年の超大型ゴールデンウィークが始まる前夜、突然、脳出血で倒れました。何の前触れもなく、突然ばったりと・・・。

その後、奇跡の生還を果たすのですが、一時は失語症に見舞われ、右手は全く使えなくなり、スマホ操作すらできない状況が続きます。頭もかなりぼーっとし、やれるのは左手でタブレットを操作するのみ。

でも、何とかしようとインタ―ネットを見ているうちに頭がだんだんとクリアになるようになり、思考能力も戻ってきたわけですが、そうなると一つの疑問が残ります。

「どうしてみんな副業がうまくいかないの?」
「ちょっと方向性を変えればうまくいくはずなのに」

それまで自分が生きていくことを最優先にしてきた私は、息子が自立したことも相まって、新たなテーマとなりました。

新たな生きがいにノウハウを公開しようと思った

退院後、同級生や周りの人に、「私のしゃべりのリハビリに付き合って」といったところ、「それなら、ブログで小遣いを稼ぐノウハウを教えてよ」と言われたのが、このサイト作成につながります。

人の運命って、本当にどうなるのかわからないものですよね。

一時はほとんど喋れなかったものの、生来のおしゃべり好きが功を奏し、普通に話せるようになりました。でも、今でも右手は後遺症が残り、読める文字はほとんど書けません。ディレクションはキーボードさえ打てればなんとかなるのですが、まだまだ外に出るのは100%とは言えず、取材に行くことが出来なくなってしまいました。その分、何かの生きがいが欲しいと思い、これまで蓄積してきたノウハウをここにまとめようと思います。

これから新たに副業をしようと考えている方はもちろん、これまで副業に取り込んだのに納得できる効果が得られなかったという方は、ぜひ、このサイトをご活用いただければと思います。どうぞよろしくお願いします。